コンテンツツーリズム研究の枠組みと可能性
(岡本健 " CATS 叢書 7 (2012): 11-40.)
1.はじめに
本稿の目的は、コンテンツツーリズム研究の枠組みを構築し、コンテンツツーリズム研究の可能性を論じることである。
2000年代に入って、コンテンツを活用した観光振興や、コンテンツを旅行動機とした 旅行行動に関して様々な実践が行われるとともに、研究が盛んに進められ始めた。ーロにコンテンツと言っても、小説や映画、ドラマ、アニメ、ゲームなど様々であり、これまでにそういったコンテンツに関わる観光や地域振興の事例は多数見られてきた(3)。
特に、近年では、情報通信技術の発展と普及により、これまでとは異なる形の旅行行動や観光振興も見られ始めている。たとえば、アニメの背景に描かれた地を探して訪ね、インターネットを介してその情報が伝搬していく聖地巡礼やその後のまちおこし(4)、そして、2010年6月に発売されたニンテンドーDS用のゲームソフトである『ラブプラス+』による熱海への観光客誘致の事例(5)などである。
これらは主に国内旅行の事例であるが、日本から海外への観光客が増加した例もある。ドラマ『冬のソナタ』による韓国への旅客の増加が代表的である(6)。逆に、海外からの誘客がなされる事例については、映画『ラブ・レター』によって韓国・台湾から小樽・函館への観光客が増加し(7)、『狙った恋の落とし方』で中国から道東への観光客が増加した ことが挙げられよう(8)。さらに、アニメ聖地巡礼(9)やコミックマーケット、世界コスプレ サミットなどのアニメや漫画をはじめとしたコンテンツに関連する旅行行動は、国外か らも見られるようになってきている。また、日本のアニメやマンガ、ゲーム、ファッシ ョンなどのファンは世界各地に存在しているという報告が多数なされている(中村 2006、奥野 2008、櫻井 2009a、2009b、2010)。これらのコンテンツ愛好者の中には、実際に日 本を訪れている者もいるであろうし、また、訪れたいと思っている者もー定数いると考 えられる。国際観光時代の日本の観光政策を考える上でも注目すべき旅行者であると言えよう。
こうした背景から、官公庁も調査事業や広報活動を行っている。調査事業としては、国土交通省総合政策局観光資源課、文化庁文化部芸術文化課地域文化振興室、関東運輸局企画観光部、近畿運輸局企画観光部、中国運輸局企画観光部、によって行われた平成18年度国土施策創発調査の結果が「日本のアニメを活用した国際観光交流等の拡大による地域活性化調査」として公表されている(10)。また、日本政府観光局(JNTO: Japan National Tourism Organization)によって、JAPAN ANIME MAPが公開されており(11)、パリで開催される「Japan Expo」や、ロサンゼルスで開催される「Anime Expo」で、本マップを活用し、「日本の魅力を発信していく」としている(12)。本マップには、「JAPAN ANIME MAP -Sacred places pilgrimage」として、以下の作品や場所が挙げられている。『涼宮ハルヒの憂鬱(兵庫県西宮市)』『千と千尋の神隠し(東京都小金井市)』『true tears(富山県南砺市)』『サマーウォーズ(長野県上田市)』『らき斉すた(埼玉県春日部市、幸手市、 鷲宮町)』『三鷹の森ジブリ美術館(東京都三鷹市)』『Sanrio Puroland(東京都多摩市)』『ヱヴァンゲリヲン新劇場版(神奈川県箱根)』である。さらに、「OTHER PLACES」として『最終兵器彼女(北海道小樽市)』『かんなぎ(宮城県仙台市)』『クレヨンしんちゃん(埼玉 県春日部市)』『美少女戦士セーラームーン(東京都港区麻布十番)』『デジモンアドベンチ ャー(東京都港区台場)』『とある科学の超電磁砲(東京都多摩センター駅、立川駅周辺)』が挙げられている。
ただ、注意を喚起しておきたいのは、コンテンツツーリズムに関わる諸現象の詳細は、コンテンツ作品への深い理解や、旅行者がどのような経験に価値をおくかについての理解を抜きにして正確な把握は難しいということである。単純に知名度の高いコンテンツを観光活用すれば、それで多くの人が訪れ、満足する、というものではない。橋本(2011: 3)が指摘するように、「人が観光に出かけるのは何らかの経験を自分を含めた誰かに語るため」という側面を持つからである。コンテンツツーリズムにおいても、コンテンツ作品自体のストーリーや世界観、作品の中で起こった出来事、などを触媒にして、旅行者それぞれが現実の場所を訪れ、独自の「ものがたり」を紡ぐために旅行をしていると考えられる。そう考えると、コンテンツツーリズムにおいて、観光経験の「ものがたり」を構築するきっかけとなり参照点にもなっている、コンテンツ作品自体の持つ特徴や、作品の解釈、そして、作品を消費すること自体によって感じられる非日常性、作品のファンの特徴などについても検討が必要である。例えば、作品の特徴や解釈については、文学的、文化論的な作品研究はもちろん、横断的、同時代的な比較検討、そして、縦断的、 的な比較検討などが められよう(13)。また、非日常性や作品のファンに関しては社会学的、社会心理学的、心理学的、そして、コミュニケーション論的な検討が必要になってくるだろう。
このような状況で、コンテンツを活用した観光振興や旅行行動に関する研究が、現在盛んになされはじめている(14)。ただ、まだ緒に就いた段階と言え、理論化の途上である。 本稿でも確認するが、基本的には、地域やコンテンツホルダーによるコンテンツの地域振興への活用方略に焦点をあて、事例を中心に書かれているものがほとんどである。政策論的、観光開発論的な研究がメインであると言ってよいだろう。先行研究を整理し、社会文化的背景を含み、関わるアクターの全体的な見取り図を描いて、学術的な研究枠組みを提示したものは少ない。
この研究枠組みの構築は、学術的に必要なものであるとともに、コンテンツツーリズムの実践や学習に関しても重要であると考えられる。それというのも、コンテンツツーリズムの経済的成功やリヒーターの確保、旅行者の観光デザインプロセスへの参画推進のためには、旅行者の行動的特徴やその社会・文化的背景の把握、コンテンツについての知識や、コンテンツの消費のあり方の理解などが必要になるからである。これらの情報を学術的に蓄積していくことにより、実践者や学習者への情報提供が期待できる。
コンテンツをきっかけとした旅行行動や観光振興は今も様々な形で実践がなされているため、引き続き事例の積み上げは重要である。しかし、ただの事例報告として終わるだけでなく、コンテンツツーリズム研究として学術的に扱っていくためには、それぞれの事例を積み上げるための研究枠組みや分析するための方法論の構築が必要となる。本稿では、まず、コンテンツとツーリズムの関係性について議論する。そうすることで、コンテンツ=ツーリズム研究の枠組みを描き、中でも特にコンテンツと旅行行動の関係に ついて詳細に論じ、研究枠組みの構築を試みる。
<注釈>
(3)こうした事例は、長谷川・水鳥川(2006)や、長嶋(2009)、増淵(2010)に数多く紹介されている。
(4)アニメの聖地巡礼、および、それをきっかけとして、埼玉県の鷲宮神社周辺で鷲宮町商工会を中心に様々な展開を見せた経緯については、山村(2008)、北海道大学観光学高等研究センター文化資源マネジメント研究チーム(2009)や、山村・岡本(2010)、岡本(2010a)、岡本(2011b)、山村(2011a)などに詳しい。
(5) ゲーム『ラブプラス+』はニンテンドーDS 用の恋愛シミュレーションゲームソフトであり、『ラブプラス』の続編となる。『ラブプラス+』から、ゲーム内のイベントとして恋人と熱海への旅行が追加された。これに呼応して現実の熱海においても、2010 年7 月10 日から8 月31 日まで「熱海ラブプラス現象(まつり)キャンペーン」と銘打ち、グッズの販売やイベントの実施、ツアー商品の販売などが行われた。
(http://www.konami.jp/products/loveplus_plus/index.html :downloaded at 2010.08.20)
(6)韓流ドラマ『冬のソナタ』による観光振興の効果については、白神(2005)に詳しい。
(7) 映画『ラブレター』による小樽への入れ込み客数については、国土交通省総合政策局観光地域振興課・経済産業省商務情報政策局文化情報関連産業課・文化庁文化部芸術文化課(2005)「映像等コンテンツの制作・活用による地域振興のあり方に関する調査報告書」pp.51-52 に記述されている。
(8) 2010 年8 月8 日にmsn 産経ニュースに掲載された記事「映画きっかけに中国人観光客急増 日本配給はニトリの子会社」によると、平成21 年度に北海道を訪れた外国人は前年度比98.0%であったにも関わらず、中国からは195.6%と増加している。
(http://sankei.jp.msn.com/entertainments/entertainers/100808/tnr1008081901007-n2.htm: downloaded at 2010.08.20)
(9) 岡本(2009a)では、『らき斉すた』の聖地である鷲宮町におけるアンケート調査の結果の中に香港からの来訪者を認めている。
(10) 国土交通省総合政策局観光資源課・文化庁文化部芸術文化課地域文化振興室・関東運輸局企画観光部・近畿運輸局企画観光部・中国運輸局企画観光部(2007)「日本のアニメを活用した国際観光交流等の拡大による地域活性化調査」(http://www.mlit.go.jp/kokudokeikaku/souhatu/h18seika/01anime/01anime.html: downloaded at 2011.11.1)
(11) 「Japan National Tourism Organization | Japan Anime Tourism」,
http://www.jnto.go.jp/eng/animemap/index.html,(downloaded at 2010.7.24)
(12) 2011 年6 月17 日に日本政府観光局から出された「NEWS RELEASE 報道発表」から。「日本政府観光局(JNTO) | 報道発表」http://www.jnto.go.jp/jpn/press_releases/110617_animemap.html (downloaded at 2010.7.24)
(13)こうした研究を主に取り扱っている学会に、コンテンツ文化 学会がある。
(14) 観光学および観光社会学の概説書の中に、アニメに絞ってはいるが、コンテンツツーリズムの研究動向を解説するセクションが設けられはじめた(岡本 2011c, 山村 2011b)。